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石橋湛山

山梨県初の内閣総理大臣(第55代)


石橋湛山は、父杉田湛誓(増穂町大久保出身・後に
杉田日布・身延山久遠寺81世法主)が昌福寺の住
職になったため、1891(明治24)年から3年
間増穂尋常高等小学校に在籍しており、「行状、学
業優等」の記録が残っている。その湛山も日蓮宗の
僧侶であって、昌福寺には古くから「湛」の字を名
前につける習わしがあったからこそ生涯「湛山」と
名乗りつづけたものであり、まさに湛山の一生には
日蓮上人の教えが体現されている。

戦後においては、第1次吉田内閣の大蔵大臣に抜擢
されたのを皮切りに政界へ進出し、通商産業大臣、
第55代内閣総理大臣に就任した。

また、湛山は、大正から昭和にかけて、平和、民権、
自由主義の立場を貫いた師として知られ、多くの論
説により「20世紀最高の言論人」と言われ、今日、
その評価がますます高まっている。

湛山は、1884年(明治17)年9月25日生ま
れで、平成26年に生誕130年を迎えた。

顕彰碑設置実行委員会はその偉業をたたえ、後世に
伝え継ぐために、ゆかりのある昌福寺境内に石碑を、
町立増穂小学校太鼓堂前に胸像を建立した。


石橋湛山胸像(町立増穂小学校太鼓堂前)


石橋湛山石碑(昌福寺境内)


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